SHORT STORY / Blue Rose
『青い薔薇』の咲くころに
ミニアルバム『Blue Rose』のために書いた短編
01序章:祖父の夢
風が吹く。十五歳のトラバントの住む小さな村に、山から流れおちてくる美しい風が吹き渡る。トラバントは、栗色の巻き毛と、空色の瞳を輝かせながら、村の一角を走っていた。風車小屋が無数にある村の隅に、トラバントの住む家はある。青い屋根で、広い庭のある、小さな家だった。
玄関の扉をあけようとすると、隣の老婆が声をかけてきた。
「おや。トラバント。そんなに急いで、どこに行くんだい?」
「おじいちゃんが、『青い薔薇』を作る方法を見つけたかもしれないっていうんだ。新しいノートを買ってきたんだよ!」
トラバントの祖父は、有名な庭師だった。今は高齢を理由に引退して、『青い薔薇』をつくるための研究を続けている。村の人々も、みな、それを知っているからこそ、トラバントの言葉に微笑んだ。
「そうかい。そうかい。『青い薔薇』なんて作れるとは思わないけれど……。お前さんたちが頑張っているのを見ていると、私たちも嬉しいよ。今夜も、ご飯を持っていくからね」
「うん、ありがとう!」
トラバントが微笑むと、隣の家の老婆も目を細める。トラバントは、昔から、敏感な子供だった。老婆が倒れた時に真っ先に気づいたのも、町の広場の木々に蕾がついたのも、小さな小川の氷が解けて春が訪れたのも、誰よりも早く気づくのはトラバントだった。トラバントは、ふと顔を上げた。遠くにそびえたつ山には、まだ頂きに雪が残っている。あの山を越えれば、もっと広い世界がひろがっているという。でも、トラバントは、その世界を想像できない。トラバントにとっては今、この小さな村が、人生のすべてだった。
「おじいちゃん! ノート、買ってこれたよ!」
勢いよく玄関を開けると、トラバントの祖父は籐椅子に座って微笑んでいた。
「おお。早かったな、トラバント」
「おじいちゃんにとって『青い薔薇』を作るのは一生の夢だもんね。その手伝いなら、いくらでもするよ」
そういってノートを開いて椅子に座ったトラバントの前で、背中の曲がった祖父は、語り始めた。彼の、生涯をかけた夢の話を。
「その『青い薔薇』は、夜空を照らす月のような神秘的な美しさを持っている。草木を濡らす雨のようなあたたかい優しさを持っている。『青い薔薇』さえ咲けば、人々は喜びに満ち、希望を失っていた者たちにも夢を与えられるだろう……。『青い薔薇』は、希望と夢を象徴する花なんだよ」
トラバントは、いつも祖父が言っている言葉をノートの一番はじめに書きながら、首を傾げる。
「つまり、花びらが青くなればいいってことだよね? 白い薔薇に、青い水を吸わせてみたらどうかな」
「トラバント、それは少し違うんだよ。もちろん、見た目は『青い薔薇』になる。けれど、私は、挑戦をしたいんだ。人間は、希望がなければ生きていけないだから私は、『青い薔薇』を作ろうとしつづけるんだ。いつか、それを作るのだと思えば、心が躍り、胸が高鳴り、楽しく生きていけるのだから」
トラバントは、その言葉を聞いて、期待に頬を赤く染めた。『青い薔薇』があれば、自分も希望を持って生きていけるのではないか、と思ったのだ。
「ところで、トラバントや。今日の分の学校の宿題は終わったのかい?」
「う、うん……。これからだけど、勉強だけは、大丈夫……」
「そうかい……。学校に行くのは、無理しなくてもいいんだよ。お前をいじめるような奴に、お前の人生が左右されるのは、おかしいからね」
祖父は、あたたかく言いながら、頭をなでてくれた。
トラバントは、学校の子どもたちが自分を虐め始めたのが、いったいいつからだったのか、もう思い出せない。図書館に通うのが好きで、何かに熱中するのが好きなトラバントは、外で遊ぶのが好きな村の子どもたちと馴染めなかったのだ。学校に行こうとするとお腹が痛くなるようになったが、トラバントの父は、髪を引っ張ってでも連れて行こうとした。足の悪い母だけでは、父を止めることもできず、結果として、母方の祖父の家で暮らすようになったのだ。学校には、週に一度だけ顔を出すが、あとは教師が届けてくれる宿題だけをする毎日だ。空いた時間は、祖父の手伝いをした。庭師として生活していた祖父に、色々な道具を作ってあげたり、庭造りの奥義を学んだりしたのだ。
トラバントにとって、祖父といるのは居心地が良かった。祖父はけっして、他人を否定しなかったからだ。どんな時も前向きで、あたたかい言葉をかけてくれた。トラバントが泣いていれば、あたたかい蜂蜜茶を作ってくれた。祖父といる間は、トラバントもおだやかな気持ちになれるのだ。
「それでだな、トラバント。今日見つけた『青い薔薇』の秘訣は、『青い月の夜』に関係するんだ」
「『青い月』の夜?」
「そう。むかしむかしの本に、年に一度、青く月が輝く日があると書かれていた。その日であれば、『青い薔薇』が咲く、と。だが、いつ『青い月』が何なのか、いつのぼるかが分からなくてな」
ふう、と祖父はため息をついた。トラバントは、図書館に行ってみようか、と思った。そうすれば、祖父の夢がかなうかもしれない、と。だが、その前に、ご飯を食べなくては。もう、白い月が空高くのぼろうとしている。明日に備えなくてはと、頭を撫でられながら、トラバントは思ったのだった。
02祖父の遺産
人はみな、いつも通りの日々が来ると思って疑わない。だが、すべての別れも出会いも、突然にやってくる。春が夏になり、秋に変わって、冬に流れこむように、一つとして、同じものはないのだ。
ノートを祖父に預けて、トラバントは二階の自室に向かった。宿題を終えてから、しばらく物思いにふける。
窓からは、遠くの山がみえる。いつかあの山の向こうに行ければ、いじめてくる村の子どもたちとも離れられるだろうか、と思ったのだ。でも、祖父が『青い月』がいつのぼるかが分からないように、トラバントにも、どうやれば山の向こうに行けるかは分からなかった。祖父同様にため息をついて、階段をおりる。そろそろ、隣の老婆が、ご飯を運んできてくれる時間だ。それまでの間に、食卓を綺麗にしておこうと思ったのだ。
「おじいちゃん、もうご飯の時間になるよ。僕、こっちを片付けるからーー」
早く食卓に来てね、と言おうとして、トラバントは口をつぐんだ。籐椅子に座る祖父の様子が、いつもと違ったのだ。籐椅子に座っているのはいつも通りなのに、まるで、置物のように動かない。
「おじいちゃん……?」
そっと近づいて手をとると、そのあまりの冷たさに、思わず手を離してしまった。
「ど……うして……?」
トラバントは、誰かの「死」を目の当たりにしたのは初めてだった。だけれど、それが「死」であることは、すぐに理解できた。今までに見たことのないほど、冷たく固く白くなった皮膚、動かない体、微笑みかけない唇……。
体の奥の方まで、サーッと血の気が引いていくのを感じた。
「死んじゃった、の……?」
何度ゆすっても、声をかけても、祖父は目をあけなかった。
ついに、ぺたん、と、トラバントは籐椅子の横に座り込んでしまった。唯一の心の支えだった祖父。いつも笑っていた祖父。いつも味方でいてくれた祖父が、もう、いないのだ。思わず、涙がこぼれた。それは、後から後から溢れてきて止まらない。幾粒もが祖父の手に落ちていったが、その熱い涙でさえ、祖父をこの世に呼び戻すことはできなかった。
ひとしきり泣いたあと、ふと、涙の粒が、足元に落ちたのに気づいた。目でその後を追うと、足元には、二冊のノートが落ちている。一冊目は、祖父が書いていた『青い薔薇』のための記録。二冊目は、今日、トラバントが買って来たばかりのノート。まだ、『青い月』のことしか書かれていない。
「おじいちゃん、『青い薔薇』は見ないままで死んじゃったんだ……」
改めてその事実に気づいて涙ぐむと、ドアを叩く音が聞こえた。隣の老婆が、夕食のスープを持って訪ねてきた。トラバントは、胸が痛くなった。村の人たちにも、祖父が死んでしまったことを伝えなくてはいけないのだ。祖父は、もう死んでしまったのだと、再度気づいてしまって。
葬式は、しめやかに行われた。家族だけで行おうと思っていたが、村の人たちからの献花は絶えなかった。祖父は、庭師をやめて村に帰って来たあと、村の人たちの庭を美しく整えるのを趣味としていたのだ。
「トラバント、元気だったかい?」
足の悪い母親が、トラバントの手をさすりながら、優しく語りかけていた。昔から、トラバントはこの母が好きだった。祖父に似て、おだやかで、あたたかい性格の母。本当は、ずっと母と暮らしたかったほどだ。
「元気に決まっている。ろくに勉強もせずに、まったく、ろくでもない子だ」
そう言ったのは、父親だった。トラバントはうつむく。だが、言い返さなかった。祖父と違って、周りを否定しかしない父親。母のいる家に、帰れない原因……。一度も、トラバントを撫でたことのない手は、大きくてかたくて、トラバントはいつも怖かった。
だが、それよりも、今のトラバントは、祖父のことのほうが大事だった。
祖父の棺桶は、村の人の献花でいっぱいだった。
「ここに『『青い薔薇』があれば、おじいちゃんは、どれだけ嬉しいだろう……」
そう呟くと、トラバントは、また、涙ぐむのだった。大きな山だけが、トラバントを冷たく見下ろしていた。
葬式を終えたあとも、トラバントは、父のいる家には、戻らなかった。足の悪い母のことは気にかかっていたが、父といたら、自分の心が壊れてしまうことを知っていたのだ。
祖父が好きだった籐椅子に腰をかけて、ふと、祖父の落としたノートを見る。祖父の書いたほうのノートは、暗号のようなものが沢山あった。トラバントには、もちろん読むことはできない。
「おじいちゃん、悔しいだろうな。『青い薔薇』が見れなくて……」
また涙があふれてくるのを感じて、トラバントは強く目をこすった。泣いてばかりじゃ駄目だ、と思って、祖父にもう一緒に寝よう、と声をかけようとしたのだ。
「あ……」
そうして、また気づく。声をかけるべき祖父はいないことに。
トラバントの体から、一気に力が抜けていくようだった。
「これから、どうやって生きてったらいいんだろう。おじいちゃんもいない。学校にも行けない。僕には、なんにもないんだ……」
そう呟くと、体全部が、なにか暗い穴に引きずり込まれていくようだった。二度と出てこれない、真っ暗な穴のなかに。
「……『青い薔薇』を作ろう」
トラバントは、ふと、二冊のノートを見て、呟いた。
「人間は、希望がなくちゃ生きていけない。僕にとっての希望は、なんにもないけれど……。おじいちゃんの夢を叶えることは、できるかもしれない」
だが、トラバントも理解していた。『青い薔薇』を作るのは、とても難しいことを。あの有名な庭師だった祖父ですら実現できなかったのに、自分に出来るのだろうかとも思った。それでも、やるしかない。だって、それしか、今のトラバントには、生きる理由になるものがなかったのだから。
03ノートの秘密
町の中心地に佇むその図書館は、古くから人々に愛され続けてきた知識の宝庫だった。建物は、貴族の邸宅を利用したもので、当時の風格と慎ましさが漂っていた。その高い天井と、深く、暗い色に塗られた壁、重厚な木製の棚には、年月を経て磨かれた美しさがあった。
「図書館の歴史は、町の歴史そのもの、だよね。おじいちゃん」
トラバントは呟く。祖父は、いつだって、迷った時は、図書館に行けと言っていた。あそこには、孤独な作家の魂が何千年分も眠っていて、辛い人を助ける方法も、今日のスープの作り方も、なんでも分かるから、と。
しかもこの村の図書館には、ただの知識だけでなく、町の伝説や神秘が息づいている。『青い薔薇』に関することも、分かるかもしれない、とトラバントは思った。祖父も図書館に通っていただろうけれど、目がかすんで良く見えないと言っていた。なら、若いトラバントが調べ直せば、新しいものが分かるかもしれないと考えたのだ。
この日を境に、トラバントはほとんどの時間を図書館で過ごすようになった。図書館の中の電灯だけが頼りとなる夜になっても、トラバントは読書を続けていた。学校の教師は宿題を家に運びながら、「あなたは、私のもつ知識をすでに超えたかもしれませんね」と穏やかに笑うほどだった。
祖父のノートには、"SOLARIS NOCTURNE"という暗号が何度も出てきた。きっとこれが手掛かりになると思っていたトラバントだが、一週間たっても、一か月たっても、その謎は解き明かせなかった。
そんなトラバントを見かねて、金色の髪をおさげにした司書のマリアが、声をかけてきた。図書館によく通うトラバントにとっては、姉のような存在だ。
「トラバント君。私にできることがあったら、教えてね」
「でも、マリアさんも仕事があるでしょう?」
「あなたのおじいちゃんはね、私のお母さんが再婚したときに、家の庭を整えてくれたの。新しいお父さんにも、新しい妹にも馴染めたのは、あの、あたたくて優しい庭があったからだわ……。だから、おじいちゃんの最後のメッセージ、私にも解読させて」
そう微笑んだマリアの言葉を聞いて、トラバントは、祖父が町の人たちに深く愛されていたことを改めて知った。そして、祖父が、誰もが希望を持てる『青い薔薇』を咲かせたいと思う理由の一端も、分かった気がしたのだ。
誰もが、孤独や寂しさを抱えて生きている。祖父はそれを庭師として感じていたからこそ、『青い薔薇』を探したのではないか、と。
「トラバント君! これを見て」
暗号について話をしてから数日後、いつものように図書館に行くと、マリアはそういって駆け寄って来た。
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「"SOLARIS NOCTURNE"について書いてある本が見つかったのよ!」
そう言って、マリアが差し出して来た本は、背表紙が剥がれ落ちた古い本だった。
「ほら、見て。『"SOLARIS NOCTURNE"、それは神秘的な力の名前だ。その力は、太陽の光(ソラリス)と夜の闇(ノクターン)を合わせた、日の力と夜の力のこと。光と闇の均衡が取れた時、それは放たれる』ですって!」
マリアは、上記した頬で、トラバントを見た。
「光と闇の均衡が取れた時、それは放たれる……。どういう意味だろう」
首を傾げるトラバントの耳に、聞いたことのない少女の声が響いた。
「真夜中に、蝋燭の光を当ててみたら?」
振り向くと、そこには、銀色の髪を長く伸ばした少女が立っていた。トラバントと、同じくらいの年頃だろう。
「こら、サテリット。いきなり、話しかけちゃ……」
マリアが、慌てて止める。サテリットと呼ばれた少女は、「それも、そうね」と大人びた言葉を言いながら、トラバントをまっすぐに見つめた。
「私はサテリット。マリアおねえちゃんの妹で、この図書館の見習い司書。あなたは?」
「ぼ、僕はトラバント。庭師のおじいちゃんの孫で、いまは『青い薔薇』の作り方を探してて……。君、学校にはいなかったよね?」
疑問に思ったトラバントの言葉に、マリアが答える。
「サテリットは病気がちでね。外に出られるようになったのも最近なの。でも、野良仕事はできそうにないから、私と一緒に司書になるための勉強しているのよ。もともと、本が好きだったしね」
「本が好きなんだね……。僕と一緒だ!」
トラバントは嬉しそうに微笑んだ。だが、サテリットは、困惑したような顔をしている。いままで、サテリットは、家の中ばかりにいた。だから、トラバントのように、身内でない人とのかかわり方が分からなかったのだ。
「でも、たしかにサテリットの言う通りかもしれない。夜の間も薔薇に光を与え続けることが、青い色素の生成に重要なのかも。一度、試してみるよ!」
トラバントはそう言って、早速、家に帰っていった。残されたサテリットは、ぽつんと、姉のマリアに呟くのだった。
「あの人、不思議な人ね」
「サテリットも、そう思う?」
「村の子は、外に出ていないせいで白すぎる私のことを見て、「怠け者」とか「お化け」
っていうもの。でも、あのトラバントは、そんなこと言わない……」
「トラバント君は、優しい子よ。……サテリットと、同じくらい、ね」
マリアはそう言って、サテリットを抱きしめるのだった。トラバントの祖父のおかげで、仲良くなれた、この血のつながらない、新しい妹のことを。
04課題と挫折
だが、薔薇の蕾に、夜もろうそくの光を当て続けても、『青い薔薇』にはならなかった。
「失敗か……」
何度目か分からない挫折に、トラバントの心が折れかける。
「気弱なことを言っちゃダメだ! おじいちゃんは、人生をかけて『青い薔薇』を作ろうとしたんだから。僕だって、もっと頑張らなきゃ!」
そう言って、食卓に両手を置いて立ち上がったトラバントだったが、外から「きゃっ」という声がした。驚いて玄関を開けると、そこには、サテリットが立っていた。
「どうしたの、こんな夜中に」
「トラバントは今、一人暮らしでしょう。だから、ご飯を持っていってあげたら、ってマリアお姉ちゃんが」
サテリットは銀色の髪を頭巾に入れ込んだまま、大きなバスケットをトラバントに見せた。
「うわあ、嬉しい。ありがとう、サテリット」
「私も、そろそろ、運動したほうがいいってお医者様が言ってたから。それにしても、どうして、あんな大声を出したの? びっくりしちゃった」
「『青い薔薇』がなかなか咲かなくて……。あれ?」
トラバントは、ふと、サテリットの持っているバスケットを見つめた。そのなかには、『青い薔薇』があったのだ!
「サテリット、どういうことだい!」
「いったい、なにが?」
「ここに『青い薔薇』があるじゃないか。もう、すでに出来上がっていたなんて!」
そういって手に取ってから、トラバントは、間違いに気づいた。
「あ……。違う。白い薔薇が、青くなっているだけだ……」
「どうして、青くなってるのかしら?」
「この家の屋根は青いから、反射して……。いや、でも夜だよな。そんなことが起きるかな……?」
トラバントとサテリットは、一緒に空をみあげた。
そしてそこに、美しい満月が出ているのに、気づいたのだった。
「満月だ……。でも、普通の色だよね。どうして白い花が青く見えるんだろう」
「だって、今日は『青い月』の日だもの」
「え……っ?」
「今日みたいに特別な満月の日はね、私の故郷――ここからずっと遠い遠い北国ではーー『青い月』って呼ぶの」
「でも、あの月は、いつもと同じ色だよ」
「『青い月』の光は、青くない。でも、照らされるものが、青く染まる不思議な月なの」
「そうなんだ! 次の『青い月』はいつか分かる? もしそれが分かれば、おじいちゃんの夢はかなうよ!」
興奮して話すトラバントに、サテリットは苦笑した。
「とりあえず、家に入れてもらっていいかしら」
「でも……」
「あなたも、ご飯を食べたほうがいいわ。おじいちゃんが亡くなってしまってから、あんまり随分痩せてしまった、って村の人もうわさしているわ」
そう言われると、トラバントも口答えするわけにはいかない。サテリットを招き入れて、玄関の扉が閉まった。『青い月』のひかりが、トラバントの家の青い屋根と白い壁を、あたたかく照らしていたのだった。
サテリットによると、次の『青い月』は、三か月後に現れるということだった。ただ、雲に隠れてしまうと光が届かないから、天気にも左右されると、トラバントは思う。本当に大変な挑戦だ。でも、前よりも、明らかに前に進んでいる。
「おじいちゃん、待っていて。あと少しだから……!」
トラバントは、『青い月』が沈んでいくのを見ながら、そう拳を握るのだった。
05隕石
だが、トラバントの目論見は外れた。
三か月後の『青い月』の日に、蕾が咲くように調整して薔薇を育てたのに、白い薔薇はいっこうに青くならなかったのだ。もちろん、サテリットが持ってきた花のように、すこしだけ青く染まりはする。でも、元から『青い薔薇』にはならない。
トラバントは、失意のうちに、また図書館に通うようになった。
失敗したからと言って、挫けるわけにはいかない。次の方法を考えなくては、と思ったのだ。
サテリットも、もちろん一緒である。
「本を読むことも、司書の仕事の一つだわ」
と、サテリットの姉のマリアは言うのだった。その裏では、妹のサテリットに、初めての友達ができたことを喜んでいたことは、言うまでもない。
その日も、いつものように昔の本を読み漁って、夜が訪れようとしていた。このところ、新しい知識を得ることも少なくなってきた。どうしよう、と思って暗い顔をしているトラバントに、サテリットが話しかけてきた。明るい話題をふったら、トラバントも気分が変わるかもしれないと思ったのだ。
「そういえば、この図書館の隣の空き地に、隕石が落ちてきたことがあるんだって。知ってた?」
「え? そんなことあったんだ」
「二百年前くらいの話だけれどね。隕石の調査に来ていた博士が『青い月』のかけらだって大騒ぎしていたらしいわ」
「へえ……。どうして、サテリットはそんなことを知っているの?」
「私のかかっているお医者さんが、その博士の子孫なの。最近は体も良くなってきたし、隕石探しにでも行ってみたらって、教えてくれたったわけ」
トラバントは、少し嫉妬してしまった。そのお医者さんは、若い人だと聞いている。サテリットが、もしそのお医者さんを好きになってしまったら、どうしよう! でも、そう思った自分に、驚いた。祖父と母以外を好きになるなんて、初めてのことだったからだ。
「い、隕石探し、行ってみようか!」
トラバントは、赤い顔を誤魔化すかのように立ち上がった。
「今から?」
「今日はもう、本を読むのはおしまい。ほら、行こう!」
トラバントが、手を差し伸べる。サテリットは微笑んだ。この瞬間が、サテリットは好きだった。自分の体を気遣ってくれる手。そして、新しい世界に連れ出してくれる手……。
「あれ? ここの土、なんだか、おかしいね」
二人で、隕石が落ちたという場所に行くと、トラバントは首をひねった。
「どうして?」
「水はけがよすぎるんだ。今日は夕方に雨が降ったのに、もう乾いている。そこの石の周辺だけ……」
そう言ってから、トラバントは気づいた。その石は、つまり、博士が言っていた『青い月』の隕石なのではないだろうか、と。
「……ねえ、サテリット」
「うん。トラバント。私も同じことを考えているかも」
二人は、目を見合わせた。
「この隕石を、庭に持ち帰ってみたら? もしかしたら、何か新しいことが分かるかもしれないわ」
「そうしてみるよ! サテリット、君も来るよね?」
「もちろんよ。あの庭は、私の庭でもありますからね」
サテリットは、嬉しそうに告げる。最近、祖父の遺した庭には、サテリットが野菜を植えるようになっていた。トラバントが、すこしでも食事をしてくれるように、と滋養のつくものを植え始めたのだ。
二人は手をつないで、家へと走っていくのだった。それを見ていた村の人々は、互いに目を見合わせて、あたたかく微笑むのだった。
06『青い薔薇』
隕石を持ち帰り、二人は、あらゆる種類の白い薔薇を準備した。そうして二人は、『青い月』の夜を迎えたのだ。もうすぐ、月がのぼってくる。『青い月』の光も、祖父の遺した、この庭に降り注ぐだろう。もうすぐ、『青い薔薇』が見られると思うと、トラバントの心臓は高鳴るばかりだった。
「隕石があったところの土は、水はけがよいからね。他の土より、何度も何度も、水をあげないといけないね」
「そうね。私の故郷の土みたい」
「え……?」
ジョウロをもって水をやりながら、トラバントは目を丸くした。家々のあかりが、サテリットの顔を柔らかく照らしている。
「ほら。私の故郷は、ここよりずっと遠い、北の国だって言ったでしょう。そこでは年中、雪が降っていてね。おかげで、土たちは、水を沢山吸収できるように変わっているの」
「この隕石の土みたいに?」
「そうよ。あら、そういえば、私の故郷の村には、ずっと昔、とっても大きな隕石が落ちたって聞いたことがあるわね。そのおかげで、大きな湖ができたって」
トラバントは目を見張った。
「サテリット! ぼく、図書館に通って気づいたことがあるんだ」
「なあに?」
「『青い薔薇』の伝説は、雪の降る国に多く残されているんだよ。つまり、もしかしたら、雪の降る土地の土と、『青い月』の光。この二つが、『青い薔薇』に大事なんじゃないかな」
サテリットも、目を丸くしたが、数秒して、「やったわね!」と大きな声を出した。病弱だった子だとは思えないほど、元気な声だった。最近は本当に、体も良くなっているらしい。
「それなら、いつでも、『青い薔薇』を咲かせられるかもしれないわね!」
「ああ! まだ実験だけれど……。ほら、そろそろ、『青い月』がのぼるよ!」
二人は、同時に空を見上げた。そこにはーー『青い月』!
「うん! 雲に隠れてもいない。あとは、この月の光が、薔薇に降り注いでくれれば……」
トラバントとサテリットは、再度、庭の薔薇たちを見つめる。そこには、さきほどまで、白い蕾の群れがあったはずだ。
だが今は、『青い月』の下で、青い蕾に変化しようとしていた。そして、花弁が一つ一つ開き、青い光が、ぽうっと灯る。
庭に、青い絨毯が敷かれたかのように、すべての白い薔薇が一斉に青く開花したのだ。
「なんて美しいんだ……」
トラバントとサテリットは、息をのんだ。
その美しさは、祖父の言った通り、夜空を照らす月のような神秘的な美しさを持っていた。草木を濡らす雨のようなあたたかい優しさを持っていた。
「おじいちゃんの言ってたことは、本当だったんだ」
トラバントは思わず、涙ぐんでいた。祖父が亡くなった日から、何度も眠れない夜があり、何度も泣いた。でもこの日は、嬉しさによる涙だった。祖父の願いを叶えられたこと、サテリットと一緒に叶えられたこと。それがとても、嬉しかった。
「サテリット、本当に、ありがとう」
「どうしたの、急に」
「君がいてくれなかったら、途中であきらめていたかもしれない。でも君が隣で本をよんで、隣で庭を整えてくれるから、僕はここまで来れたんだ」
トラバントは、そっと一輪の『青い薔薇』の花へと手を伸ばす。
「この花は、君のおかげで、咲いたんだよ」
「同じ言葉を、あなたに返すわ」
サテリットが微笑んだ。それは、まるで、トラバントのすべてを包み込むように。
「私、体が弱くて学校に行けない間、ずっと、先生が宿題を運んできてくれたの。そうして、『青い薔薇』を咲かせようとしているおじいさんと孫の話をしてくれたわ」
「そうだったの?」
「ええ。学校に行けないって、辛いわよね。自分だけ置いてきぼりにされた気分。でも、あなたもいるんだって知って……私も頑張ろうって思えたの」
サテリットの指が、トラバントの手に触れた。トラバントは、ゆっくりと、サテリットの手に触れかえす。
「ありがとう。トラバント。あなたは、私の希望よ。……この、『青い薔薇』のようにね」
そう言って微笑んだサテリットは、何よりも美しかった。もしかしたら、『青い薔薇』よりも、ずっと。
07あたらしい希望
『青い薔薇』の存在は、すぐに村中に広がっていった。やがて、祖父に庭を作ってもらったという違う街の人や、貴族までが、その噂を聞いて村にやってくるようになった。
トラバントとサテリットが育てた『青い薔薇』を見て、驚きの声をあげるのだった。みんな、薔薇を持って帰りたいと言ったが、二人は、事情を話して断っていた。
「ねえ、サテリット。誰もが『青い薔薇』を家に飾れるようになったら、もっと希望を持てる人が増えるんじゃないかな」
「そうね。私のように、病気で家にいなきゃいけない子も沢山いるもの。その子たちにも届けたいわね」
そう呟いた二人のことを、白い雪が降り積もっている冬の山が見下ろしていた。あの山の向こうに、サテリットの故郷はある。隕石が落ちて、水はけのよい、『青い薔薇』の咲く土のある土地が。
だが、トラバントは、まだ、決断できなかった。この村を出るなんて、祖父のようななにかの名人でないと出来ないことだ。悩むトラバントに、ある日、一つの依頼が舞い込んだ。『青い薔薇』を作れたことに関して、新聞にしたいから、取材に行きたいというものだった。
「いいじゃない。受けなさいよ」
怖気づくトラバントに、サテリットがそう言って、結局、その依頼は受けることになった。訪れてきたのは、カメラマンと、記者がひとりずつ。カメラなんてものを初めて見たトラバントは、目を見張って驚いたほどだ。
「それでは、まずは、トラバントさんにお尋ねします。おじいさまの夢を引き継がれたとのことですが、おじいさまは、どういう方でしたか?」
「祖父は……」
と言って、トラバントは少し考えた。祖父は、どんな人だったか。それを一口にいうのは、とても難しい。だって、トラバントにとって、とても大事な人なのだから。それでも、何か言わなくては。一つ大きな息を吸って、トラバントはこう言った。
「祖父は、なんでも励ましてくれる人でした。『いいアイデアだ、試してみなさい』そう言って、どんなことでも肯定してくれるんです」
「失敗したときは、どういいましたか?」
「『それは失敗じゃない。成功するために実験をしただけだ。次のアイデアを考えよう』って。そして、何かに成功すると、大きな手で撫でてくれる人でした」
「素敵な方ですね……」
「おじいちゃんは、周りに希望を与え、自分でも大きな夢を持ち続けていました。そんなおじいちゃんだからこそ、僕も、『青い薔薇』を咲かせるまで頑張れたのだと思います」
そう言ってから、トラバントは、サテリットの手を握った。サテリットも、ぎゅっと握り返してくれる。
「もちろん、サテリットの存在も、とても大きいですけれどね」
新聞記者とカメラマンは、ほほえましくなって思わず笑ってしまった。少年少女が、お互いを大事にしているのが伝わって来たのだ。それは『青い薔薇』と同じくらい、大事なものだと思った。カメラマンは、手を握り合う二人の写真を、パチャリと撮ったのだった。
やがて、その記事が新聞に載ると、噂はもっと遠くの町まで届くようになった。トラバントとサテリットを王宮に招きたいという人まで現れたほどだ。
「ねえ、母さん。俺の夢ってなんだったっけ?」
「そういえば、あんた、昔、歌手になりたいとか言ってたよね。いまは大工だけど、あんたの声、あたしは好きだよ」
そんな声が、村や、町や、国のあちこちで聞かれるようになった。二人の作った『青い薔薇』が、沢山の人々の心に希望の火を灯したのだ。
そんな忙しいある日、トラバントは、祖父の墓の前に立っていた。もちろん、サテリットも一緒だ。その日は、祖父が亡くなって、ちょうど三年が経つ日だったのだ。村の人たちも、沢山集まってくれた。足の悪い母は、トラバントが支えている。
祖父に、『青い薔薇』のことを報告しながら、トラバントは、ちらりと、父を見た。
父は相変わらず威圧的で、トラバントを睨み返す。トラバントはため息をついた。やはり、分かり合えそうにない、と。
だが、父は、こう言葉を継いだ。
「すまなかった」
「え……?」
まさか、あの父親が謝るなんて! トラバントの目は見開かれ、気まずそうな父の姿が映った。
「俺は、学校にいって、働く以外の道を知らなかったんだ。それ以外の人生なんて、あると思わなかった……。だが、それは俺の視野が、狭かったんだ。……すまなかった。トラバント」
「父さん……」
「許してくれとは言わない。だが、元気でいてくれ。自分の子どもに元気でいてもらう事だけが、親が一番、喜ぶことなんだから……」
トラバントは、うつむいた。祖父が亡くなり、『青い薔薇』を咲かせた。それでも、父とのことは、トラバントのなかで、わだかまりとして残っていたのだ。わかった、と小さな声で言うと、涙がひとしずく、こぼれた。それは、祖父の墓にそなえた『青い薔薇』の上に、静かに振り落ちたのだった。
08あたらしい旅立ち
「それで、トラバント。あなた、これからどうするの?」
毎日、『青い薔薇』を維持するための研究を続けるある日、サテリットがそう聞いた。マリアのいる図書館の一角で、本を読んでいた時の事だった。
「どう、って?」
「『青い薔薇』も咲いた。お父さんとも、最近はたまに会っている。でも、あなた、この村にいたままでいいの?」
「べ、別に僕は、今のままでも……」
「でも、山をよく見ては、ため息をついているじゃない。あの山を越えていきたい、というように」
トラバントは、何も言えなくなってしまった。だが、サテリットは、じっとトラバントの言葉を待っている。ついに観念して、ぽつぽつと喋り始めた。
「村を出るなんて、おじいちゃんのような才能のある人しか許されないし……」
「許されるかどうか、じゃなくて、やるか、どうかじゃない?」
「でも、この村を出た後も、『青い薔薇』を咲かせ続けられるか自信がないし」
「そりゃ、そうよ。まだ、やってないんだもの。自信のつきようがないわ」
「うう……」
言い訳を全部つぶされてしまって、トラバントは頭を抱えてしまった。トラバントは怖かったのだ。一度、成功したから、次で失敗するのも怖かった。次に失敗したら、サテリットが離れていくのじゃないか、とも思ってしまっていた。
「トラバント、あなたの手は、奇跡の手よ」
サテリットが、トラバントの手を握って、そう言った。
「『青い薔薇』を作ったのは、僕ら二人だよ。僕の手が奇跡の手なら、サテリットの手も、奇跡の手だ」
「そうじゃないの。この手はね、私の体を気遣ってくれる手。そして、新しい世界に連れ出してくれる手……。私に、新しい世界を見せてくれてありがとう」
「サテリット……」
「私の体はもう、どこに行っても大丈夫。庭仕事で鍛えたし、毎日、家から、トラバントの家まで通っていたんだから、旅行だって平気なのよ」
サテリットがにっこりと笑う。その顔は、前よりずいぶん日焼けしていた。
「だから……。ねえ? 私に何か、言うことがあるんじゃない?」
サテリットは、相変わらず、トラバントの手を握り続けている。まるで、結婚のプロポーズをするみたいに。トラバントも、ついに観念した。この機会を逃したら、もう勇気が出ないようにも思ったのだ。
「サテリット……」
手を握り返して、そう囁く。
「僕は、これから、君の故郷に行きたいんです。隕石が落ちて、雪が降る土地へ」
「ええ。そうね」
「だから、サテリット。着いてきてくれませんか? 案内してくれませんか? そして僕とずっと一緒に……」
トラバントは、そこで言葉を区切った。なんと言えばいいのか分からなかったのではない。顔が真っ赤になってしまって、言葉が出てこなかったのだ。それでも、サテリットは言葉を待っている。なんとか、トラバントは言葉をひねり出した。
「ぼ、僕と。ず、ずっと一緒に……いてくれませんか?」
「『青い薔薇』のために?」
「いや……。サテリットが好きだから、ずっと一緒にいたい、んです」
つっかえながら言ったトラバントの前で、サテリットは、にんまりと笑った。そうして、図書館の机を乗り越えて、突然、トラバントを抱きしめたのだ。
「わあ! サテリット!?」
「ずっと待っていたのよ、その言葉! もう、トラバントったら、遅いんだから!」
「ご、ごめんよ。僕なんかが言っていいのか分からなくて」
「なんか、って言わないで。私の世界一、好きな人なんですからね」
「す、好きって……」
真っ赤になるトラバントと、抱き着いたままのサテリットを、図書館に来ていた村の人たちは、微笑みながら見ていた。いや、一部は、顔を赤くしながら「わ、私もああなりたい」「俺も、早く彼女にプロポーズしなきゃ」と言っていたほどだ。
「おめでとう! ふたりとも!」
そんなトラバントとサテリットの隣に、マリアがやってきた。
「マリアおねえちゃん!」
「ずっと、やきもきしていたのよ。いつ、二人がくっつくかな、って」
「マリアさん……。あの、サテリットのことを……」
「大丈夫。ふたりなら、きっとうまくいくわ」
マリアはそう言って、トラバントとサテリットの手をあたたかく握るのだった。
「サテリットの故郷は、とても寒いところよ。ちゃんと、準備していってね。そして……たまには、手紙を書いてね」
その瞳に、涙がにじんでいるのに、二人も気づいた。マリアにとっては、妹の旅立ち。そして、弟のように思っていたトラバントの旅立ちなのだから。二人は大きく頷いて、マリアのことも、抱擁するのだった。
そうして、旅立ちの日がやってきた。村の人々は集まって、トラバントとサテリットを見送るのだった。『青い薔薇』を見て感動した子供たち、夢を抱くことを忘れていた大人たち、それぞれが彼らに声をかけた。
「私も、お姉ちゃんみたいに、けんきゅうしゃになりたい!」
「俺も、トラバントさんみたいに、目標を作りたいです!」
そう言って手を振る村の人々のなかで、隣の家の老婆が、進み出てきた。
「トラバントや。これを渡しておこう」
それは、トラバントの祖父が書いたとおぼしきノートだった。『青い薔薇』の秘訣が書かれたものとはずいぶん違って、かなり分厚いものだった。
「お前のおじいさんから頼まれていたんだよ。トラバントはいつか、この村を旅立つだろう。その時に、渡してやってくれ、とね」
「中身は、一体……」
「さあ。分からないよ。でも、旅の間に困ったことがあったら、開けてごらん。きっと、役に立つよ」
トラバントは、そのノートを受け取った。黒革で出来た、とてもしっかりした作りのものだった。祖父が都会で庭師をしていた時に作ったものかもしれない。
「サテリット。あとで一緒に見てみよう」
「ええ、そうね。トラバント」
二人は言いあって、歩みだす。
「行ってきます!」
大きな声が、村中に響く。
風が吹く。十八歳のトラバントの住む小さな村に、山から流れおちてくる美しい風が吹き渡る。トラバントは、栗色の巻き毛と、空色の瞳を輝かせながら、銀色の山へと走っていく。隣には、銀色の髪を、長く風になびかせるサテリットを伴って。
二人は微笑みながら、白い雪の残る大きな山を、越えていくのだった。これからも、二人の前には困難が、立ちはだかるだろう。でもそれを、二人なら超えていくはずだ。なにせ、あの『青い薔薇』を、育てた二人なのだから。
